札幌市立大学 SAPPORO CITY UNIVERSITY

研究紹介

“健康格差”の是正に挑む保健師を育てる!

受話器の向こう側にいた人々

新年度がスタートした早々の2020年5月―この時期は、桜が満開に咲きほころぶ季節です。本来であれば部活やサークルの勧誘に先輩たちが新入生に声をかける様子も見られるような活気に満ちた札幌の春です。

ところが、今年は新型コロナウイルス感染症拡大に伴い、学生の校舎への登校は全面禁止!大学の校舎は不気味に静まり返っていました。そのような中で、感染者の急増に伴い、事態がひっ迫していた札幌市保健所からの応援要請がありました。私は、本務の合間をぬって土日も含めて20日間ほど、新型コロナウイルス感染症対策室(保健所)へ応援に行くことになりました。

私が主に担当した応援活動の内容は、積極的疫学調査と濃厚接触者の健康観察の2つでした。積極的疫学調査とは、PCR検査の結果で陽性が判明した人に対して行動履歴を聞き取り、濃厚接触者を特定していく業務です。この業務は、感染がこれ以上拡大しないよう、いわゆる“封じ込め”のために非常に重要な任務です。しかし、ご本人にとっては発熱や呼吸器系の苦しい症状を我慢しながらの電話対応になります。また、自身の命と家族の生活など多くの不安を抱えながら、それでも感染拡大の防止のためにと善意で協力してくださいました。

健康観察の業務は、上記の積極的疫学調査で濃厚接触者と特定された方に発熱やせき等の症状がないか、14日間、毎日電話をかけて健康状態を確認する作業です。その症状の出現によって医師と相談し、PCR検査へつなぐコーディネーターとしての役割も期待されました。

こうして、電話をかける受話器の向こう側には、高齢者やシングルマザー、あるいは精神疾患を抱えた人など、いわゆる社会的弱者といわれる人々もおり、感染症というのは、人を選んで感染してくれはしないのだなと、当然のことに、改めて気づかされました。

そうした人たちの中には、「時給制で仕事をしているので、仕事を休んだらその分の給料がもらえないので生活が困窮する」という人、PCR検査の調整をしても、「高齢で身体的に不自由がある」ために医療機関までどうやって行ったらよいだろう?という人もいました。ある高齢の女性は、やっとつながった電話で「オレオレ詐欺かと思ったから電話にでなかったよ。」と話してくれた方もいました。受話器の向こう側には、様々な市民の暮らしの実態があり、この一連の出来事は、社会格差と健康格差との関連について、私自身が実感として理解した体験でもありました。

社会格差と健康格差の強い結びつきを考えると、この新型コロナウイルス感染症の問題は、公衆衛生の部門だけで対応できるものではなく、行政の多様な部門との連携が求められる課題であると感じています。改めて、ヒトの健康とは複雑で多様な関係性の中に成り立っているものだと実感しました。

科学的根拠にもとづいて看護をおこなう

少し前まで、日本では感染症は過去のものでした。公衆衛生を担う専門職である保健師を養成する課程においても、感染症対策の優先度はそれほど高くはなく、むしろ生活習慣病や介護の問題、近年では虐待などが優先課題でした。

それが、今回の新型コロナウイルス感染症の経験を経て、公衆衛生の原点である感染症対策に関する教育の重要性がクローズアップされています。たとえばPCR検査については、「なぜ広く国民に対して予防的に実施しないのか?」などと議論を呼びました。看護学部で学ぶことができる「疫学」をしっかりと修めれば、この疑問に対する厚生労働省や専門家会議の意見を科学的に理解できるようになります。ひいては、保健師として科学的根拠に基づく正しい情報を市民に伝えることができ、漠然とした不安や混乱から人々を解放することに貢献するでしょう。

これまでに誰も経験したことのない未知の感染症や災害等というのは、これからも時おり起こることでしょう。しかし、未知の脅威への対応といっても、私は過剰に心配する必要はないと思っています。科学の原理原則をしっかりと学び、自分の頭で考え、より良い解を提案するトレーニングを重ねておくことが重要です。そうすることで、この先にどんな有事が起ころうとも、頼もしく活躍できる看護師や保健師に育ってくれるものと信じています。

看護学部 地域看護学領域 准教授 本田 光

神戸大学にて、保健学の博士号を取得。
宮古島市役所 保健師、北海道大学 助教を経て、2017年より現職。

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