札幌市立大学 SAPPORO CITY UNIVERSITY

研究紹介

訪問看護から始める看護キャリア

ますます高まる訪問看護の重要性

訪問看護が注目されている背景は何でしょうか?

菊地 コロナ禍で病院での面会が制限されて以降、自宅での療養を選択する方が増え、在宅医療に関心が高まりました。市民一人ひとりが自分たちにとって最善の医療は何か考え選ぶ時代になっていると思います。背景には、超高齢化社会を迎え、国の医療政策が「病院」から「地域」「在宅」に療養環境の移行を後押ししていることがあると考えます。在宅重視の流れが強まる中、医療と生活の両方を理解し、患者さんの暮らしも含めて看ることができる訪問看護師の存在は、在宅療養の要になるものと期待されています。

訪問看護師の不足は深刻だとお聞きしていますが、なぜでしょうか?

菊地 はい、訪問看護の利用者の増加に訪問看護師の数が追い付いていません。訪問看護師の数は看護師全体の5%未満(全国)という状況です。今後は、医療処置を必要とする子どもや精神障がい者が増えていきます。すべての世代で在宅療養を希望する方々に看護を届けるために、訪問看護師の増員は喫緊の課題です。将来、訪問看護師になりたい看護学生、あるいは興味がある看護学生は一定数いるのですが、「訪問看護師になりたいなら、まずは病院で臨床経験を積んでから」という考えが根強く、学生が希望しても周囲に反対され、新卒から在宅看護へというケースは多くありません。

訪問看護師をキャリアのスタートに

菊地先生は新卒看護師を訪問看護師として育てる試み、研究に取り組まれていますね。

菊地 私は、訪問看護師になるのに病院での経験が必要とは思っていません。初めての就職先として訪問看護ステーションを選択することは、その後の看護師としてのキャリア形成を考える上で、むしろプラスになることだと思っています。看護技術の習得について不安視する声も聞かれますが、注射や採血、吸引などの技術は経験を積めばできるようになります。むしろ、生活を基盤した看護を看護師としてのスタートの時期に学んでほしいと思います。訪問看護の現場で患者さん一人ひとりの生活に深くかかわり、病気だけでなく暮らしも含めて看る経験は、新卒看護師のその後のキャリアにとって大きな財産になると思います。訪問看護を経て病院勤務に移ったとしても、常に退院後の生活をどのようにマネジメントしていくのかという視点に立って考えることがしっかりと身についていると思います。 “鉄は熱いうちに打て”と言いますが、看護師のスタートの時期に療養と生活の視点、いわゆる「在宅ケアマインド」を確実に身に付けておくことが、本人のキャリア形成と地域全体の看護の質の向上につながっていくと考えます。

具体的な活動について教えてください。

菊地 学生を送り出す学校・大学側が、新卒訪問看護師を輩出する機運を高めていくこと、そして、受け入れる事業者側も新卒者を採用し、育成できる環境を整えていく必要があると考え、2018年に「新人訪問ナースを応援する会(愛称・スタタン)」を立ち上げました。会のメンバーは道内の看護系大学に在籍する13人の在宅看護領域の教員等です。主な活動内容としては「調査研究」「情報発信」「ネットワークづくり」です。調査研究は、道内の訪問看護ステーションへのインタビュー調査などを通して、新卒訪問看護師の採用や育成についての課題と対策を整理し、事例やデータを積み重ねながら北海道ならではの新卒訪問看護師育成システムの構築を目指しているところです。また、情報発信については、訪問看護に興味のある人なら誰でも参加できるフォーラム、オンラインセミナーを定期的に開催。専門家、有識者をゲストに迎えて、具体的な取り組み事例などを紹介し、参加者が知識や技術を学べる機会を提供するとともに、一般の方の訪問看護に対する理解の裾野を広げることを目的としています。ネットワークづくりは、少しずつ増えている北海道の新卒訪問看護師同士がつながれるよう交流会・勉強会を開催しています。また、私たちの会や単独の事業所だけで新卒者の育成を広めていくのはなかなか難しいので、行政や病院、訪問看護関連団体など目的を共有できる地域の幅広い組織との連携を働きかけています。

生活支援のエキスパートとして

現在の課題と今後の展望を教えてください。

菊地 北海道は5人以下の小規模ステーションが多く、新卒採用者の育成や教育研修を担うのはマンパワーの面でも経営的な面でも簡単ではありません。ある程度の経営規模があり安定しているステーションがモデルとなって採用・育成に取り組むなど、実績を積み重ねていくことが必要だと考えています。
 また、学校・大学が、訪問看護をやってみたいという学生を輩出することや、新卒で訪問看護を始めた卒業生へのサポート、大学の設備や教育力を活用した新卒者の教育支援など、すべきことは沢山あります。そのほかにも課題は多くありますが、すべての道は一歩からと言います。地道に“スタタン”の活動を継続し、情報発信や研究を重ね、いずれは新卒から始める訪問看護を普通のキャリア選択のひとつにしたいと考えています。

訪問看護に関心を持つ学生へのメッセージをお願いします。

菊地 訪問看護は数からみてもまだマイナーな分野ですが、新卒の訪問看護師を受け入れるステーションは少しずつ増えています。新卒から訪問看護に取り組むことで、在宅ケアマインドをしっかり身につけ、「住み慣れた場所でその人らしく療養する」を支えられる看護支援のエキスパートになっていってほしいですね。

看護学部 在宅看護学領域 教授/看護学研究科長 菊地 ひろみ

北海道大学大学院にて修士(教育学)、博士(医学)を取得。その後、北海道大学医学部附属病院、東札幌病院訪問看護ステーション、北海道大学医療技術短期大学部、北海道大学医学部保健学科を経て、2017年より現職。2020年4月より看護学研究科長兼任。

研究紹介一覧へ