札幌市立大学 SAPPORO CITY UNIVERSITY

学長メッセージ

理事長・学長の中島 秀之からみなさまへのメッセージです。

理事長の顔写真

2018年4月
理事長・学長
中島 秀之Hideyuki Nakashima

四季折々の彩りに満ちた創造都市・札幌に、札幌市立大学(SCU)のキャンパスがあります。 「デザイン(D)」と「看護(N)」の2学部・2研究科は、それぞれに高度な専門教育を行うとともに、〈D×N〉の密接な連携を生かして、人びとが生き生きと暮らし合える「ウェルネス社会」の実現に取り組んでいます。
現在、人工知能技術が飛躍的発展を見せています。これからの暮らしは大きく変わることと思います。この激動の時代に、未来を拓き担うのは、若い諸君です。受け身ではなく、自らが新しい社会のデザインに参画していくのだという気概が必要です。大学は、学生の皆さんが、自らの内に潜む個性や才能を見つけ出し、生涯の糧となる知の基盤を築く大切な時空間です。SCUは、実社会に広く目を向けながら、専門性を深く探究できるバランスの取れたカリキュラムを整備し、諸君が社会で活躍できる素地を育成します。
SCUのキャンパスで、明日の社会のあるべき姿を描き合いましょう。

2018年度 札幌市立大学 入学式 学長式辞(2018年4月3日)

本日入学された諸君、札幌市立大学へようこそ。実は私も昨日着任したばかりの3代目学長ですが、この大学へは諸君より1日だけ先輩ということになります。一方で専攻科や大学院に進学された諸君は私の先輩ということになります。
 
さて、私は「おめでとう」とは言いませんでした。大学への入学や進学は新しい学びの出発点です。私が諸君に「おめでとう」と言うのは4年後の卒業式です。大学での学びを無事終えて社会へ巣立つのがゴールです。一方、社会の側から見ればこれは出発点に過ぎません。このように人生は様々な時期の様々な始まりと達成の連続と言えましょう。
 
最近、AIすなわち人工知能の躍進が話題に登ることが多くなりました。明るい未来を描く人と、暗い未来を心配する人がいます。野村総研とオックスフォード大学の共同研究によると20年後には日本の労働人口の半分がAIやロボットで置き換え可能とのことです。技術の発展により一部の職がなくなって行くというのは当然のことです。自動車の発達により御者という職業がなくなりましたが、代わりに運転手や自動車の設計・製造という職が増えました。でも、この運転手という職業も自動運転で置き換え可能な方のリストに入っています。職は無くなるのではなく、変化するのです。ただ、AIの発展でその速度が加速しています。今後の社会はこれまでとは異なるスピードで変化して行くでしょう。
 
これまでの卒業生は、自分の学んだ専門知識を活かして一生働くことができたかもしれませんが、今後はそういうことはごく一部の職業に限られます。おそらく、ほとんどの専門知識が20年持たないという時代がやって来ます。科学的な知見も私が学んだ時と現在ではずいぶん変わっています。諸君はこのような激変の時代に備えて学ばねばならないのです。
 
AIは私の専門分野です。現在はAIの3度目の夏と言われていますが、私が学生として研究を始めた頃は最初の冬でした。それ以来2度目の夏と冬を経験しながら40年間研究して来ました。その結果分かったことを述べたいと思います。人間は体を持ち、この世界の中で生活しながら様々なことを学びます。人類は基本的には同じ体を持ち、同じ環境の中で生活しています。もちろん気温や肌の色など細かい点は異なりますが、火星や水星の環境とかアメーバの体とかと比べれば本質的には同じと言って構いません。同じ環境で同じことを学ぶので、そこで得たものを英語ではコモンセンスと言います。共通の判断というような意味です。日本語では常識と訳されますが、若干ニュアンスが異なります。でも、常識も皆が共有している点では同じです。
 
一方でAIやロボットはそもそも生活していません。生活から得る常識が欠如しています。AIに常識を持たせる研究も昔から行われていますが、余り成功していません。多分しばらくの間は無理でしょう。しばらくというのはあと数十年くらいのことです。その先はわかりません。
 
このように常識を持たないAIやロボットにできる仕事というのはどういうものでしょうか?典型的には囲碁や将棋といったゲーム。これらは最早AIが完全に人間を凌駕しています。なぜなら、ゲームは勝ち負けの規則がはっきりと決まっていて、しかも全ての情報がゲームの中にあります。実社会ではこういうことは希です。情報が揃っていて、それを扱う規則も明確なものはAIやロボットの方が得意になる可能性が大です。別の言い方をすれば、決まり切ったルーチンワークの繰り返しが得意です。計算の規則は複雑でも構いません。
 
料理を例にとりましょう。レシピ通り作るのはロボットでOK。人間より正確かもしれません。でも創作料理は体のある人間でないと、その美味しさが評価できません。
 
裁判。情状酌量とかの最終判断は人間でしょうが、法律や判例を調べたりするのはAIの方がうまいはずです。
 
看護も場面で得手不得手が分かれますね。感情的なケアはやはり人間でしょうが、下の世話なんかはロボットの方が患者さんも気楽だと思います。
 
ざっくりと分けると、専門知識を必要とする分野はAI、生活に根ざした総合的判断は人間というところでしょうか。
 
経済界ではT型人材を求める声がずいぶん昔から上がっています。アルファベットの大文字のTです。縦棒が深い専門知識、横棒が幅広い興味、あるいはリベラルアーツと呼ばれる、社会の一員としての資質です。今後はこの横棒が益々大事になって来ます。別の言い方をすると生活に根ざした総合的判断能力を伸ばせということです。ここ札幌市立大では少なくとも看護とデザインという異なる学部の交流が期待できます。異なる分野の研究に興味を持ち、それを理解する能力を伸ばしてください。
 
一方で専門知識は先に述べたように急速に変化して行きます。これを全て吸収するのはAIの方が得意でしょう。IBMのWatsonというAIシステムはJeopardyというクイズ番組でチャンピオンに勝ったことで有名になりましたが、その時に使ったWEBの検索能力を最近では医療に応用しています。聞くところでは医療分野の論文は毎日3千本にも登るそうです。これには新しい薬や症例の情報が含まれています。人間の医者が毎日3千本もの論文をチェックすることは到底不可能ですが、Watsonはこれをこなします。AIを脅威に感じるのではなく、良い道具だと思って人間の医者がWatsonを秘書代わりに使えば良いのです。
 
これからの社会は与えられた仕事をこなすだけではなく、次々と出てくる新しい技術を如何に使いこなすかという能力が求められます。受身的に使いこなすのではなく、新しい使い方を考えたり、さらには新しい道具を考えたりする能力が求められます。これは広い意味でのデザインです。私は「社会のデザイン」と言っています。自分たちの住む社会を自分たちでデザインするのです。看護に関して言えば、より良い看護のあり方をデザインするのです。看護学部の学生にとってデザイン学部の存在は貴重なものになるはずですし、デザイン学部の学生にとっては看護という実践現場が隣にあるというのは幸運です。
 
アランケイという有名なコンピュータ研究者が次のようなことを言っています。
The best way to predict the future is to invent it.
未来を予測する最も良い方法はそれを発明することである。
 
私はこれを少し変えて
The best way to predict the future is to DESIGN it.
未来を予測する最も良い方法はそれをデザインすることである。
と言っています。
 
AIに代表される情報技術は物理法則に支配されません。ある意味、思いつけば何でも実現できます。思いつく力、つまりデザイン力が大事です。
 
諸君が未来の社会をデザインできる人に育つことを祈ってこの言葉を贈り、歓迎の言葉とします。
The best way to predict the future is to DESIGN it.