札幌市立大学 SAPPORO CITY UNIVERSITY

学長メッセージ

理事長・学長の蓮見 孝からみなさまへのメッセージです。

理事長の顔写真

明日の社会のあるべき姿を
描き合っていきましょう。

2016年3月
公立大学法人札幌市立大学理事長・学長
蓮見 孝Takashi Hasumi

札幌市立大学(SCU:Sapporo City University)は、デザイン(Design)と看護(Nursing)の2学部と2研究科(博士前期・後期)からなり、「人間重視と地域社会への貢献」という教育・研究の理念のもと、少人数制による専門性の高い教育をおこなっています。
さらに<D×N>の密接な連携を生かして、人々が生きいきと暮らし合える社会づくりをめざす「ウェルネス」の教育・研究を、海外の連携校とともに推進しています。
また地の拠点大学(COC)として、実社会での学びを重視し、キャンパス内に留まることなく、札幌市をはじめ道内各地において産学官民の連携によるまちづくりやウェルネス支援等の地域創生課題に取り組んでいます。札幌駅に近い「サテライトキャンパス」や、リノベートされた旧真駒内緑小学校を拠点とする「COCまちの学校」では、多様な生涯学習の機会を提供する市民講座や産官学連携講座等を開設しています。

2017年度 札幌市立大学入学式 学長式辞(2017.04.03)

本日、札幌市立大学に入学許可された、デザインと看護の両学部、助産学専攻科、そしてデザインと看護の両研究科、計224名のみなさん、ご入学誠におめでとうございます。今日の佳き日を迎えられるまで、進学のための勉強に励むみなさんを、日夜にわたり支えてこられましたご家族はじめ関係者の方々のお慶びもいかばかりかと拝察し、心よりお祝いを申し上げます。また、本日は、ご多忙中にもかかわらず、多くのご来賓の方々にご臨席を賜り、心より御礼を申し上げます。
札幌市立大学は、英語では「Sapporo City University」と称することから、頭文字を取って「SCU」と呼んでいます。まずは、みなさんが、数多い大学の中からこのSCUをご自身の学び舎として選んでいただいたことに心から感謝します。新入生のみなさんは、「どんな大学生活が待っているだろう?」と、きっとワクワクしながら、この日を迎えられたことでしょう。ご期待に沿えるよう、教職員一同、在校生たちとともに、精一杯支援していきたいと思います。
 
さて、大学キャンパスも雪解けが進み、間もなく花咲き香る季節がやってきます。そうしてみなさんも、一生に一度だけの大事な人生の春を迎えます。大学での一日一日を、せいいっぱい謳歌していただきたいと思います。
70年近くになる私の人生の中でも、大学の4年間とイギリスの大学院に留学した1年間は、今もはっきりと記憶に残る味わい深い日々でした。なぜそんなに味わい深かったのかと自問してみると、それは誰からも束縛・強制されず、自分の意志で主体的に行動する日々であったからだと思います。そして、主体的に学び合う友人たちや先生たちとの飾り気のない人間関係が、いつまでも記憶に残る日々を醸し出してくれたのです。
 
実は、私には大学での授業の記憶がほとんどありません。大学紛争で授業が開かれなかったという事情もありましたが、授業よりもむしろ、一人ひとりが個性的な先生たちの人間性に強い興味を抱いたのです。
本学SCUには、それぞれ異なった専門領域を極めた個性的な先生が沢山いますが、私が学んだ大学には、日本で2番目にノーベル賞を受賞した朝永振一郎博士がいました。紳士的でイケメンの朝永先生は、量子力学の大学者でしたが、趣味の落語を生かし、「え〜、お笑いを一席」などと口上を述べながら難解な物理学を説いたりしていました。
朝永先生が後進の学生たちに残された「科学の芽」という詩があります。
 
ふしぎだと思うこと 
これが科学の芽です
よく観察してたしかめ 
そして考えること 
これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける 
これが科学の花です
 
この詩には、学びの基本姿勢が示されています。
まずは、さまざまなことを既製の理屈や常識で判断するのではなく、素直に「不思議だな」と思い、自分なりの解釈を試みることです。その繰り返しのなかから、自分が心から興味深く思えることを見つけ出して下さい。自分の専門性は、人から習い授かるものではなく、皆さん自身が導き出すべきものです。これが主体的学びということです。
さらには、しつこさというか、こだわりを持って学びを深めていただきたいと思います。心から納得できるまで何度でもやり直し、食い下がることです。「よく観察して確かめる」ということは、素直な気持ちでコツコツと努力を積み上げることでもあるのです。新横綱の稀勢の里は、怪我を押して出場し、奇跡的な優勝を果たしました。彼は「見えない力が働いた」とコメントしていますが、それは不断の稽古が導き出したものに違いないと思うのです。
「謎が解ける」というのは、本質を直感的に理解できるようになるということです。自転車に乗れるようになった日のことを思いだしてください。ある日突然、心と体が一体となって自然に最適な動きをするようになります。おそらく卒業してからのことになるでしょうが、デザイナーや看護師のプロになったと自認できる“その日”がやってくるはずなのです。
私は29才の時、会社の命を受けてロンドンの大学院に留学しました。しかし英語が苦手の私にとって、イギリスでの英語漬けの日々は苦しいものがありました。ロンドン訛りもきつく、しかも国ごとに異なるクセの強い英語についていくことは、ほとんど不可能に思えました。聞こえてくる英語を日本語に訳し、さらに自分の発言を日本語で考え、それを英語に訳してから発話するのでは、とても追いつけません。私は自然と無口になってしまいました。
そんな私を励ましてくれたのは、イギリス伝統のティータイムという文化でした。午前10時、ランチタイムの後、午後3時、夕刻と、一日に何回もあるティータイムが、大学院でも最優先で守られていました。気楽な雑談の時間に、先輩・後輩、そして先生もいっしょになって、コースの全員が和気藹々と歓談している内に、思いついたことをストレートに英語で話せるようになりました。
3ヶ月ほど経ったとき、地下鉄セントラルラインに乗ると、なぜか車内がとても騒々しいことに気づきました。「どうしたのかな?」と思ったら、周りの人が話している英語が、意味ある言葉として自然に耳に入るようになっていたのです。英語で夢を見るようになったのも、その頃からでした。
 
さて、朝永先生の話にもどります。朝永先生が京都大学の大学生だった時、湯川秀樹という同級生と出会い、2人はよき親友、そして最大のライバルとなりました。やがて湯川博士は、日本初のノーベル賞、朝永先生が第2号の受賞者となったのです。大学での学びの成果は、友達との交わりからも生まれるのです。
人は一人で生きていくことはできません。かならず、人の力を借りる必要が生じます。自分一人で悶々とすることなく、友達や教職員、また地域の方々から力を借りるしたたかさや技を身に付けて欲しいと思います。
「桃太郎」という昔話があります。逞しい青年に育った桃太郎は、人に危害を与える鬼ヶ島の鬼退治に向かいます。しかしさすがに一人だけでは立ち向かえない。そこで、サル・キジ・イヌに助けを求めるのですが、その時役に立ったのが、おばあさんが持たせてくれた「キビダンゴ」でした。
全ての人は、親からもらったキビダンゴ、すなわち他の誰とも違う固有の性格や力能=パワーを身に付けています。これから自立してゆくみなさんには、自分の得意技をよく認識し、それをもって理解者や協力者を集め、一人だけでは決してできないことを成し遂げていく自己マネジメント力が必要です。SCUでは、チームワーク力を育てるために、「PBL=プロジェクト型の学習」に力を入れています。さっそく始まる「スタートアップ演習」は、協力してプロジェクトに取り組む画期的な授業です。私の英語の話を思い出しながら、積極的にグループワークに取り組んでください。
 
私たちは、SCUの建学の理念である、「人間重視」と「地域への貢献」を大切にしています。それが学生提案になるキャッチフレーズ、「人に向き合う 未来を創る」にも表されています。
またSCUは、デザインと看護の2学部・2研究科からなることから、「D×N」すなわちデザインと看護の連携を、大学の最たる特長として推進し育ててきました。デザインも看護も、人とその社会の「ウェルネス=健康的で気持ちの良い状態」を高める人間科学の領域であり、そのためにも、大学はキャンパスに留まること無く、積極的に地域社会に出て、アクティブに諸活動を展開し、アウトプットの質を高める努力をしていかなければなりません。
 
私たちが生きる社会には、さまざまな難問が山積しています。現代社会は、少子高齢化や人口減少、グローバル化による地域産業の衰退などにより、成長から成熟へ、そして縮小へと向かいつつあるように見えます。また東日本大震災や、それに伴う原発事故、北海道を立て続けに襲った大型台風など、大きな天災や人災が頻発しています。みなさんは、明日の社会の担い手として、このような社会問題に立ち向かっていかなければなりません。SCUは、「地(知)の拠点大学」に認定された高等教育機関であり、地域のみなさんのご支援もいただきながら、教育・研究の成果を地域に還元し、地域の役に立つ大学をめざしています。
 
今日入学されたみなさんにまず実践して欲しいことは、「自然な笑顔で、誰とでも親しく挨拶を交わし合う」ことです。笑顔は、人を幸せにし、人と人とを結びつけることができる世界共通の魔法の言葉です。そしてそれは、みなさんが社会と向き合う正しい姿勢を示す第一歩でもあるのです。
「サッポロ・スマイル」を合い言葉に、明日の社会のあるべき姿を先取りするような、ステキなキャンパスづくりに参画しましょう。そして味わい深いキャンパスライフを送りましょう。
以上をもって、学長からの式辞とします。本日は、誠におめでとうございます。

2016年度 札幌市立大学卒業式・修了式 学長告辞(2017.03.17)

雪解けが新しい春の訪れを告げる、清々しい今日のよき日に、卒業・修了の日を迎えられた、デザインと看護の両学部卒業生169名、専攻科修了生7名、大学院博士前期課程修了生22名、さらに博士の学位・称号を授与され博士後期課程を修了された1名のみなさん、本日は誠におめでとうございます。
そして、卒業・修了に至るまで、日々の学業を支えてこられましたご家族、ご関係の皆様にも、心からお慶びを申し上げます。
また、本日は、ご多忙中にもかかわらず、札幌市長 秋元克広 様はじめ、多くのご来賓の皆様にご臨席を賜り、心より御礼を申し上げます。
 
さきほど、卒・修了生のみなさんに学位記を授与いたしました。多くの大学では、総代などごく一部の人に手渡すことが多いかと思いますが、本学SCUでは、みなさんの地道な学業への努力を称え、一人ひとりに手交することにしています。社会に出てからも学位記の提示を求められることがあると思います。自らの学びの証である学位記を、生涯にわたり大切にしてください。
 
4年前の入学式の式辞で、私は、「一日一日を愛おしんで欲しい」と呼びかけましたが、卒業生のみなさんは覚えていますか?みなさんにとって、大学で過ごした日々は、充実したものになったでしょうか。
今日は、一人の人生の先輩として、みなさんに告辞、−伝え聞かせる言葉−を贈りたいと思います。
 
数百万年に及ぶ人類の歴史の中でも、私たちが生活しているこの時代は、人の社会のありようが根本から覆されるような激動・激変のさなかにあるように見えます。
みなさんが社会の中枢として大活躍される頃には、更に大きな変化の波に晒されるようになるかもしれません。
その大きな要因の一つが、科学技術の更なる進展です。たとえば、AI=人工知能やロボティクスの高度化が飛躍的に進むでしょう。知能、身体能力、判断力など、あらゆる面において、人工物が人の能力を凌駕するようになりそうです。
そうだからこそ、私たち人間は、今まで以上に真剣に、自分自身がこの世に存在する意味について、深く考える必要があるように思います。
「人間重視」を理念の柱に置く本学SCUにおいても、「人とは何か?」ということを、広く深く思慮し行動できる“人財”を世に送り出したいと思います。この場合の「人材」とは、材料の材ではなく、財産の財の字をあてたいと思います。
 
この告辞の原稿を考えていたのは、早朝のカフェでした。昼近くまで粘っていると、さまざまな人たちのさまざまな様子を観察することができました。
あるカップルは、お茶とお菓子を前に置いてひと言もしゃべりません。80年以上も前に流行った「小さな喫茶店」という歌では、「ひと言もしゃべらぬ」に続いて、「そばでラジオが甘い歌をやさしく歌っていたが、二人は黙って向き合っていたっけね」という、恥じらうカップルのほほえましい姿が謳われています。
しかし私の前にいたカップルは、しゃべらないだけでなく、お互いを見合うことも忘れて、ひたすらスマホの操作に没頭しています。人と人がお互いを見つめ合い惹かれ合うことを忘れて、人工物が描き出すキラキラした世界にますます心を奪われ隷属させられていく近未来を想像してしまいました。
人とその社会へのまなざしに満ちたSCUのキャッチコピー、「人と向き合う、未来を創る」というひと言を、私は大切にしたいのです。
 
十勝の中札内美術村を訪れたとき、二十歳になった若者たちが描いた自画像が多数飾られている展示室に入りました。そこには、「自画像不毛の時代」というコメントが付されてありました。
かつて、多くの画家や彫刻家たちは、自画像を熱心に制作し、作品として残しました。「我思う、ゆえに我あり」という名言を残した哲学者のデカルトは、自分を考えるところから哲学が始まるとして、それを第一原理に据えたのです。
無数の情報のシャワーを浴び続けている現代にあって、人は自己という内なる宇宙の存在や、その思考過程や行動特性について興味を抱いたり振り返ったりすることをしなくなったのかもしれません。
私たちは、「内省=リフレクション」という極めて人間的な知的行動を大切にしなければなりません。

私も自画像、すなわち自分の存在について、深く考えてきたわけではありません。しかし今までで一度だけ、それを深く考えざるを得ない状況に陥ったことがありました。私が大学2年生になった頃、突然摂食障害に陥り、不眠症も併発して、人間崩壊に向けて悪魔のサイクルが回り始めたのです。身の周りにあるあらゆるものが耐えられないほど不快になり、ついには自分自身への強い嫌悪感にさいなまれるようになりました。「自分が嫌いになると、この世に存在できなくなる」という危機的状況を、身をもって知ることができました。
日ごとに、真っ暗な洞窟の奥に潜り込んでいくような私を救ってくれたのは、戦争中に不慮の死を遂げたある若者が、生きたいという強い想いを力強く綴った青春の日記=遺稿集でした。それが刺激となって、私はさまざまな哲学書や宗教書を読みふけるようになり、多くの偉大な先達の想いに導かれながら、徐々に日の当たる日常に帰還できるようになりました。

溌剌とした姿、生き生きとした言葉、すなわち自己表現という行為は、生きるための何よりの礎です。「自分らしく生き続けたい」と希求しながら、人は生涯をかけて自らの暮らしを描き続けるのです。

90才まで生きたとされる江戸時代の浮世絵師、葛飾北斎の絶筆とされる「富士越龍(ふじごえのりゅう)」図という絵を観たことがあります。富士の峰から黒雲が巻き上がり、その中を龍(おそらく北斎自身)が堂々と天をめざして飛翔していきます。とても死の床で描いたとは思えない力強さです。
「たくましさ」という本能的な力能は、私たちの体内に宿る何よりの宝ものなのです。
 
金子みすゞという詩人のことは、小学校の教科書にも載っているので、知っている人も多いことでしょう。今から90年ほど前のこと、この詩人は、夫から数数の暴挙を受け、愛する子どもも略奪されて、わずか26才で亡くなってしまいます。
しかし失意と苦難の中で、500余編に及ぶ美しく愛らしい詩を残しました。

たとえば、「私と小鳥と鈴と」という詩があります。

私が両手をひろげても、
お空はちっとも飛べないが、
飛べる小鳥は私のように、
地面(じべた)を速くは走れない。

私がからだをゆすっても、
きれいな音は出ないけど、
あの鳴る鈴は私のように
たくさんな唄は知らないよ。

鈴と、小鳥と、それから私、
みんなちがって、みんないい。
(金子みすゞ名詩集、彩図社、平成23年)
 
一見退屈にも見える日常の中にも、細やかな感性を働かせて観ると、素晴らしいドラマが営まれていることを発見できます。ささやかな一つ一つの事象が重なり合い関係し合って、刻々と新しい価値が創出されているのです。それを味わい楽しみ慈しみ合うことは、人にしかできないことなのでしょう。
 
多様な命を生み出す自然世界の泉は、「エマージェンス(Emergence)」、すなわち自己と他者の関係性から生み出される「創発」というしくみから成り立っているように思われます。

みなさんは、美しい自然に満ちた北海道・札幌のこの小さな学び舎で、共に日々を営み合ってきました。
デザインと看護という、一見全く異なっているように見える2つの学問領域が、実は、人とその社会の「ウェルネス=健やかで気持ちの良い状態」を高めるための大切な仕事であるということを、さまざまな場面で体験的に学んできたことでしょう。地域のみなさんからも多くの教えをいただいた筈です。

無数の命あるもの、意志あるものが連動し合って、渦を巻き、ダイナミックに変容していく社会・世界・宇宙の中にあって、自己に内在する世界観を慈しみながら、他者の個性を認め合い高め合っていけるような、よりよい社会を築き上げていくために力を注いでください。そしてそのためにも、学びを生涯にわたって深め広げ、自らを磨き続けていただきたいと願います。
 
みなさんが青春を過ごしたSCUのキャンパスは、今日からみなさんの心の故郷になります。
母校は、いつまでもここにあり続けます。
どうぞ、いつでも気兼ねなく訪ねてきてください。そして、みなさんの後を歩む後輩たちに、貴重な社会経験を語り聞かせてください。
これから新たな社会に船出し、さらに大きく育ちゆくみなさんに、心からの祝福を送り、学長からの告辞といたします。本日は誠におめでとうございます。

2016年度 札幌市立大学入学式 学長式辞(2016.4.3)

本日、札幌市立大学に入学許可された、デザインと看護の両学部、助産学専攻科、そしてデザインと看護の両研究科、計234名のみなさん、ご入学おめでとうございます。
今日の佳き日を迎えられるまで、進学のための勉強に励むみなさんを,日夜にわたり支えてこられましたご家族はじめ関係者の方々のお慶びもいかばかりかと拝察し、心よりお祝いを申し上げます。
また、本日は、ご多忙中にもかかわらず、札幌市長 秋元克広 様はじめ、多くのご来賓の方々にご臨席を賜り、心より御礼を申し上げます。

札幌市立大学は、英語では「Sapporo City University」と称し、私たちは略して「SCU」と呼んでいます。まずは、みなさんが、このSCUをご自身の学び舎として選んでいただいたことに感謝します。

新入生のみなさんは、「どんな大学生活が待っているだろう?」と、きっとワクワクしながら、この日を迎えられたことでしょう。ご期待に沿えるよう、教職員一同、在校生たちとともに、精一杯支援していきたいと思います。

さて、大学キャンパスも雪解けが進み、風薫る季節がやってきます。そうしてみなさんも、いよいよ一生に一度だけの大事な人生の春を迎えます。大学での日々を、せいいっぱい謳歌していただきたいと思います。

50年も前のことになりますが、私の大学生活は、今とは全く異なり、惨憺たるものでした。過激な学生たちによるキャンパスの占拠、機動隊によるキャンパス封鎖、そして暴力の連鎖。デザインを学ぶ私たち学生は、危険を覚悟でキャンパスに入り込み、国際デザインコンペに応募する作品づくりや学外のデザイン会社での実務など、自分自身で課題や仕事を見つけながら学ぶしかありませんでした。

ですから、たまに開講される授業は、本当にありがたく思われました。演習の授業ではクラスメイトと本気で競い合い、他の学部の講義にもこっそりと潜り込んで、必死にノートをとったものです。
文学部の著名な教授で、テレビなどにもしばしば出演されていた西山松之助先生の授業「家元論」は、水曜日の早朝だったこともあり、ほとんど受講生がいませんでした。いつも一番前に座ってノートをとっている私に、先生は、なかばあきれ顔で、こう褒めてくれました。「他の学部生なのに、何で僕の授業を受けてるの?君は熱心だねぇ。」と。
大学には、著名な先生がたくさんいました。後に三期にわたって都知事を務めた美濃部亮吉教授、そして理学部の朝永振一郎教授は、日本で2番目にノーベル賞を受賞した量子力学の大先生でした。

朝永振一郎先生が後進の学生たちに残された「科学の芽」という詩があります。

ふしぎだと思うこと 
これが科学の芽です
よく観察してたしかめ 
そして考えること 
これが科学の茎です
そうして最後になぞがとける 
これが科学の花です

この短いメッセージには、大学での学びの特質が端的に示されています。

大学での学びには、自覚して学びを深めて欲しい大切なポイントがあります。それを「3つの学び」として示しましょう。

1つ目の学びは、「主体的学び」ということです。
日常身の回りにあるさまざまな事象を観察しながら、「不思議だな」と思う豊かな好奇心を育てることです。
高校生までの学びは「正解」というものが用意されている受動的な学びでした。先生から習った答えを正しく答えれば、よい成績がもらえます。大学での学びには、多くの場合、正解がありません。自分で「仮の答え」を考えだし、それが正解であることを自らの方法をもって確かめる。つまり「仮説(Hypothesis)構築力」(Abduction)という主体的な知力が求められるのです。
SCUでの真摯な学びを通して、自分なりの答えを導き出す経験を、一つ二つと積み上げていくことにより、いつしか自分なりの思考スタイルがはっきりと見えてくることでしょう。

2つめの学びは、自分が人生をかけて極めていく「専門職能」の入口を見つけ出すことです。
そのためには、カリキュラムで定められた授業を受けるだけでなく、多くの先生の研究室を訪ね、多様な刺激をうけてください。大学の先生たちは、みな多様な専門を極めているプロフェッショナルなのです。
サン=ティグジュペリの「星の王子さま」という童話には、一軒家の庭先ほどしかない小さな星に住む王子が登場します。王子の星に咲くバラの花とのちょっとした諍いがもとで、王子はさまざまな星を巡り歩く旅にでます。ワンマンな王様の住む星、酒飲み男の星、王子は一つの星を訪ねる度に、一つずつ気づきを得ていきます。そして6番目にやってきた地球でふと出会ったキツネのアドバイスによって、王子はようやく気づきます。「自分の星に咲くバラが、この世にたった一つしかない最も大切なバラだったのだ」ということを。
「じぶんの足で確かめ、心で観なければ、真理は見えない」ということを物語るお話しです。王子のように、このキャンパスでさまざまな人に出会いさまざまな刺激を受けながら、最も大切な宝ものである自分自身に潜む能力や可能性を目覚めさせ、活性化させてください。この小規模なSCUだからこそできる丁寧な教育と主体的な学びを、ぜひ体験し実感していただきたいと思います。

3つ目は、専門領域において求められる基礎知識や技能を、一つ二つと石を積み上げるように、ひたむきに身に付けることです。基礎を学ぶということは退屈に思えるかも知れません。それは建築における基礎工事のように、いくら頑張っても光り輝く成果が見えない地味な修行でもあります。しかし、最近話題になっているマンションの杭打ち偽装問題のように、基礎をないがしろにした建築物はやがて傾き始め、崩れてしまいます。地味な修行に耐え、しっかりとした基礎を身につけてください。

最後に、もう一つ、みなさんに大切にしていただきたいことがあります。それは、「人とその社会へのやさしいまなざし」を養っていだたきたい、ということです。

私は、まだ幼かった頃、重い喘息に罹り、窒息死しそうな発作に、連夜苦しんでいました。他の子どものように、外で跳んだりはねたりして遊べない私は、自然と読書にふけるようになり、多くの物語に出会いました。

その中で、心に残った物語を一つ紹介しましょう。
オー・ヘンリーの「最後の一葉」。これは小学校で習った人もいることでしょう。

ワシントンスクエアの西の狭いアパートに住むジョアンナは、重い病にかかり近づく死を予感します。そして窓から見える枯れたツタの葉を見ながら、「あの葉がすべて落ちた時、私は死ぬのだ」と思い込むようになります。
一晩中嵐が吹き荒れた次の朝、ツタの葉はみな落ちていました。しかしたった1枚だけ、落ちずに残っている葉がありました。その葉は、大嵐の中で、年老いた画家ベアモンが命がけで壁に描いた絵だったのです。
それはジョアンナに生きる力を与えましたが、ベアモンは力尽きて死んでしまいます。しかし、ベアモンは、その生涯の最後に、彼がずっと追い求めていた最高傑作を、ついに描き上げることができたのです。

この物語からは、心を込めて尽くし合うケアの大切さを感じることができます。
そして、異なった個性を持つ人同士がふれ合い刺激し合うことで、思いもかけない価値が生み出される、という真理を語っているようにも思われます。

宇宙の摂理は“絶対的な安定”をめざすように見えますが、そこには変化や変異のしくみも組み込まれています。私たちが住む社会では、異なるものが合体したり協働したりすることで、新しい多様な価値が創発的に生み出され、それにより無数の異なるものが共生し合える環境が保たれているのです。
SCUにはデザインと看護の2学部・研究科があります。それらは一見関連性が薄いように見えますが、私たちは、「デザインと看護の連携」、すなわち「D×N連携」をSCUの特長として大切に育ててきました。
少子・高齢化が進み、またさまざまなテクノストレスにより、殺伐とした社会現象が頻発する現代において、人の心や社会環境、自然環境を癒し潤すウェルネス科学の進展に、SCUは貢献したいと思っています。

今日入学されたみなさんにまず実践して欲しいことは、「最高の笑顔で、挨拶を交わし合おう!」ということです。笑顔は、人を幸せにし、人と人とを結びつけることができる世界共通の魔法の言語です。「サッポロ・スマイル」を合い言葉に、明日の社会のあるべき姿を先取りするステキなキャンパスをつくりましょう。

以上をもって、学長からの式辞とします。本日は、誠におめでとうございます。

2016年4月3日
札幌市立大学
学長 蓮見 孝