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「自分らしく生きる」を守る、
転倒防止の評価ツールを開発

看護

「自分らしく生きる」を守る、<br>転倒防止の評価ツールを開発のイメージ画像

厚生労働省によると、令和3年の65歳以上の転倒・転落などによる死亡者数は9509人で、交通事故死(2150人)の4倍以上です。檜山准教授は「転倒を社会全体の問題と捉え、予防に取り組む必要がある」と考え、これまでにない転倒リスク評価ツールの研究を進めています。その根底にあるのは「患者さんが転倒せずに、自分らしい日常生活・療養生活を送れるようにしたい」という看護師時代からの信念。研究の現状と成果をご紹介します。

転倒は、「人間だからこそ」抱える共通のリスク

私たち人類は、四足歩行の動物から進化し、直立二足歩行ができるようになりました。二本足で歩くことは、実はかなり複雑な動作です。脚の関節を曲げる、蹴り出す、左右のバランスをとるなど、さまざまな体の部位や筋肉・関節が精密に協調しなければ上手に歩くことはできません。直立二足歩行は本来、不安定な移動様式であり、私たちにとって「転倒」は、避けることができない日常的な出来事なのです。

人は年を重ねるにつれ身体機能が衰えて転びやすくなりますが、転倒事故は高齢者に限って起こることではありません。厚労省の統計によると30~64歳でも年間約800人が転倒・転落で命を失っています。また、0〜9歳の子どもが運動中などに転倒し、救急搬送されるケースも少なくありません。病院や介護施設での転倒事例も、年齢を問わず増加傾向にあります。高齢者特有の問題と捉えられがちですが、幅広い年代に転倒リスクが存在しているのです。転倒予防は喫緊の社会的課題であり、社会全体が「減らそう」と強い意志で挑む必要があります。

ジレンマの中から、これまでにない評価ツールの研究へ

私は病棟に勤務していた時、チームで患者さんの転倒を予防する対策を進めていましたが、見守りやセンサーコールを増やしても、転倒はなかなか減りませんでした。労力をかけても成果がついてこない状況にストレスを感じるスタッフも多く、病棟全体のケアの質にも影響を及ぼしました。

転ばないために一番良い方法は、極論をいえば「動かないこと」ですが、それは患者さんの自由を抑制することであり、意欲や喜び、尊厳を奪うことでもあります。私は「患者さんの<自立・自由・尊厳>と<安全>の両立」というジレンマの中から、転倒予防をテーマに大学院で学ぶ道を選びました。

先行研究において、転倒を引き起こす要因は、筋力低下や疾患・薬物の影響などによる「内的要因」と、段差や滑りやすい床、つまずきやすい敷物などの環境による「外的要因」に分けられ、それぞれの転倒リスクへの対策を取ることで予防を期待できる、とする考えが主流でした。しかし、それらの要因からだけでは「その患者さんがどれだけ転倒しやすいか」を見極めることは難しく、実際に現場で転倒を防ぎきれてはいません。

私の研究では、「自分がどれくらい動けるのか」「安全に動ける環境か」など、患者さん個々の判断が転倒に大きく影響することが分かっています。そこで転倒事例を分析し、転倒しやすい患者さんの生活行動を明らかにし、転倒リスクのレベルを判定できる「転倒リスク行動アセスメントツール」を開発しました。

ツールは、使う意義があることはもちろん、使いやすいことも重要です。従来のアセスメントツールでは、項目の不足や評価基準の曖昧さ、チェックに時間がかかるなどの課題が挙げられていました。そこで上記の問題を改善し、入院した患者さんの転倒リスク評価を最初に行う看護師が本当に使いやすいもの、その後の予防策やケアにも本当に有効なものを目指しました。

このツールは、転倒予測の正確度を示す感度・特異度ともに、非常に良好です。ある医療施設で活用され、看護師が高いモチベーションを持って転倒リスクアセスメントに臨むことにもつながっています。

「こうしては駄目」から「こうすると上手くいく」へ

現在は、より正確に転倒リスク行動を把握するために、「身体認識の誤差」についての研究を進めています。身体認識の誤差とは、簡単に言えば「自分ができるつもりの動きと、実際の動きとのズレ」です。研究を通じて、内的要因と外的要因に加え、身体認識の誤差が生じると転倒リスクが高まることや、自分の能力を過大評価している場合に転倒しやすいことが分かっています。

こうした身体能力の自己認識について定量的に評価している先行研究は乏しく、手探りで研究を積み重ねているところです。どれくらいの誤差があれば転倒に結びつくのか、加齢により誤差はどう変化するのかなどを明らかにし、誤差を縮められるような体操やエクササイズの開発などで、転倒予防につなげられたらと考えています。

転倒予防は小さなことの積み重ねが重要ですが、まさに、積み重ねた経験に基づく知恵や物事を洞察する力は、もともと高齢者の強みです。そこで、全国の高齢者から転倒予防のコツや工夫、習慣などを収集する聞き取り調査も進めています。例えば、冬にどんな靴を履くべきかは多くの人が注意するところですが、衣服についても安全かどうか意識するなど、私も気付かずにいた新しい発見が多くありました。研究を通じて、こうした高齢者の豊富な経験や知恵を社会に還元していくことは、大きな価値があると思っています。

何より、高齢者に「こうしては駄目」と禁止するのではなく、「こうすると上手くいく」とポジティブな実感を得ながら行動してもらうことが、その人らしい生き方を損なわず、安全に行動してもらうことにつながるのです。

これらの研究の根底にあるのは、人の心に向き合うという信念です。患者さんと看護師、双方の視点に立って改善策や新しい手法を考え、探究を続けていくことが大切だと考えています。

PROFILE

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檜山明子

所属 / 看護学部 職位 / 教授/附属図書館長

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